今回はディッキアを例に植物の「名前」について書かせていただきます。
私達は植物を買う際に、その植物が何なのか、鉢に刺さっている園芸タグや札を参考にしますよね?園芸タグは植物の名刺のような役割をしています。今回のトピックは園芸タグの正しい書き方にも繋がりますので、参考にしていただけたらと思います。
植物に限らず自然界に生息している動物 藻類 菌類などの原種には、その個体がどこに帰属される どの種なのか、同定して分類するためのラテン語の名称(世界共通)があり、 それを学名といいます。また、植物には交配によって人工的に作り出された交配種が存在します。それらは然るべき機関に登録されて初めて園芸品種となります。(原種とされている中にも、自然界で虫が花粉を他種の雌しべまで運び、自然交配して生まれたのでは?と言われている種が多数存在しています。)
余談(飛ばしてOK)_自分はファッションの仕事をしていて、担当している仕事の 一つに輸出業務があり、輸出用のINVOICEの作成などもして います。ムートンなど羊の毛皮を使用した商品を輸出する際、ワシントン条約(CITES)に違反するものではないという証明のため、学名を記載する事が義務付けられています。今までは 羊由来のもの=Ovis aries (羊の学名)と記載していましたが、CITESの附属書 第17回改訂時に「附属書Ⅰ」 に記載されていた絶滅の恐れがある他属の野生の羊の亜種が Ovis
ariesに引っ越してきたんですね。そのため、Ovis aries だけではCITESに引っかかるものも含まれているので、Ovis Aries に続く亜種名まで調べて記載しなければいけなくなりました。みなさん今着ている服の 品質表示を見て下さい。冬物の洋服ってほとんどにWOOL入って いません?毛皮ならまだしも、 ウールの糸を使ったものまで記載が必要になったんですよ。。 書類を作成する立場からすると、野生の羊を捕まえての毛を刈って 紡績して糸作って生地にするって…誰がやるんだよ?! って感じですが、 同属に絶滅危惧種がいるとなるときっちり書かなあかん訳です。学名は、分類学や学術的な論文などだけでなく、貿易でも必要 ということですね。
学名表記
Dyckiaは、Blomeliaceae (ブロメリア科)Pitcairnioideae(ピトカイルニ
属名の後に 種小名を列記する事が基本ルールとなります。
これを二名法といい分類学の父と呼ばれるリンネによって体系化さ れました。
_属名
頭文字は大文字で、一般的には全て斜体で表記します。
Dyckia、Agave、Tillandsiaなど
_種小名
全て小文 字の斜体で表記。
goehringii、titanota、 xerographica など
*論文などに記述する際は、下線を引いたり、太文字にして前後の文章と学名が区別できれば必ずしも斜体でなくても良いそうです。
また、下記のように属名 種小名の後に記載者を追記することもあります。
Dyckia choristaminea Mez
Dyckia braunii Rauh
Dyckia goehringii E.Gross & Rauh
これだけ読むとなんのこっちゃ・・?と思うかもしれませんが、下をご覧くだ さい。ディッキアを例に紹介していきます。
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原種_見た目に因んだ名前
Dyckia delicata
原種である D.delicata は 種小名は 斜体・全て小文字で表記されます。
delicata=delicatus=繊細な 柔弱な 優美な
学名は、 属名=名詞 種小名=形容語(詞)となることが多く、前にくる名詞を修飾しています。「優美なディッキア」もしくは「トゲの柔らかいディッキア」どちらかですね。
Dyckia excelsa
Dyckiaの中で最大種と言われる Dyckia
excelsa = excelsus = 高い という意味です。写真はタイのQさんの家に地植えされた個体で、最大幅1. 5mくらいで花茎が3m以上ありマジでエクセルサスでした。Doryanthes excelsa(ガイミアリリー)も花茎を高く伸ばし大きな花を咲かせるので「高い」という形容詞は花茎を指すことが多いのかもしれません。
delicataもexcelsaも語尾がusとならないのはラ
学名は馴染みがないと呪文のように聞こえますが、ラテン語の単語を覚えると種小名でなんとなくの特徴や原産地が分 かったりして楽しいです。全て網羅するには膨大なラテン語ボキャブラリーが必要になりますので 、自分が持っている種だけでも調べてみると忘れないと思いますよ !他属で同じ種小名に出会った時「なるほどね〜」って
ニヤッとできます。
alba = albus = 白色の
brevifolia =
brevifolius = 短い葉の
leptostachya = leptostachyus
=細い穂の
horrida =
horridus = 強い棘を持つ
alternans = 互生の
ferox = 棘の多い
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原種_何かっぽいに因んだ名前
直訳すると「ホヘンベルギアのようなデ ィッキア」って事になりますね。草姿はまるで違うので、この場合 花(もしくは花序)が似ているという事です。他には Dyckia enchorilioides (エンコリリウムのような)もいますね。
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原種_地名に因んだ名前
Dyckia domfelicianensis
地名+ensis(前が女性名詞
男性名詞の場合)
Dyckia
paraensis =para ensis(ブラジル パラー州原産の)
Dyckia formosensis =farmosa ensis(ブラジル ゴイアス州ファルモザ原産の)
Dyckia formosensis =farmosa ensis(ブラジル ゴイアス州ファルモザ原産の)
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原種_人名由来
ブロメリアでよく見かける marnier-lapostollei という名前はプラント ハンターのパトロンでブロメリアコレクターでもあったJulie n Marnier-Lapostolle氏の名に因んで付けられて いるそうです(上の写真は氏と彼のガーデン/BSI JORNAL 1954-4より)。このように研究者が支援者へ敬意を表してその名を 命名することはよくあります。それを献名と言います。
日本ブロメリア界の第一人者、日本ブロメリア協会
滝沢会長が発見したチランジアの新種はTillandsia takizawae と名付けられています。Dyckia estevesii も発見者である南米植物の調査に貢献した
Eddie Esteves博士の名を冠しています。もしこの名前でなけれ ば、互生ディッキアの代表はDyckia alternaになっていたことでしょう。
語尾が〜ii
Dyckia braunii = Pierre j Braun博士の名前より
主に発見者に因んでいる場合が多いです(例外多数ありますが)。
私の大好きな D. goehringii もハイデルベルグ大学植物園で地生ブロメリアの責任者を務めていた Adalbert Goehring さんの名前からですが、こちらは発見者ではありません。
語尾が〜ana 〜iana
Dyckia braunii = Pierre j Braun博士の名前より
主に発見者に因んでいる場合が多いです(例外多数ありますが)。
私の大好きな D. goehringii もハイデルベルグ大学植物園で地生ブロメリアの責任者を務めていた Adalbert Goehring さんの名前からですが、こちらは発見者ではありません。
語尾が〜ana 〜iana
Dyckia
jonesiana = Jones Calda博士より
功績を讃えてその方の名を付けた献名の可能性が高いです。
語尾が〜ae 〜e
Dyckia elisabethae = Elisabeth
功績を讃えてその方の名を付けた献名の可能性が高いです。
語尾が〜ae 〜e
Dyckia elisabethae = Elisabeth
aで終わる名前の語尾にeがつくパターンが多いですが、上のようなケースもあります。
語尾が〜orum
Dyckia pottiorum = 植物学者Arnildo Pott氏 Vali Joana Pott氏の名に因んで
orumは複数の人名(親子・兄弟・夫妻など)に由来しています。
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交配種( 園芸品種)
基本英語名は全て交配種と思って大丈夫です。
ディッキアの園芸品種登録は国際ブロメリア協会(BSI) が行っていますので、そこに登録されない限り「 通称」止まりです。実際、BSIに登録はされていませんが育種家やナーセリ ー、著名人が命名した優秀な交配種が多数世に広まっています。自分で交配した他にはない特徴的な個体に名を付けて楽しむことは愛着がわきますし、悪いことではないと思います。しかし、他人が交配した名無しのハイブリッドで購入したものや、既に普及しているものに後から勝手に命名して売り出すのは非常に乱暴な行為だと思います。また、命名する時に既にその名前で登録されている園芸品種がないか
きちんと調べたり、最低限のマナーは守るべきなのでは?モラルの問題だと自分は思います。
Dyckia 'Jaws'
交配種は、' ' で囲み、頭文字=大文字・ローマン体で表記します。
園芸品種は英語が一般的ですが、既存品種と被らなければ作出者が 自由に申請できるのでDyckia 'Yakuza' や D yckia 'Wasabi' なんていうのも存在します。当然ですが園芸品種にラテン語の学名は付けれません。Dyckia marnier-lapostollei 'H.coronatus' というのを見かけた事があります。一見 D.marnier-lapostolleiの変種なのかな?と思わせるカッコいい語感ですが、、よく見るとカオスですね (爆)。交配種のように' 'で囲まれた学名 H.coronatusを調べてみるとは、なんと私の好きな
Flower Mantis=ハナカマキリの学名です。。。もしDyckiaの新種にcoronatus(花冠の/花弁が集まった)という特徴を表す名を付けて原記載するのであれば、coronataと変格しなければ文法的にもおかしいと思います。m-l交配種(選抜種)ということだったとしてもH.coronatus cv. of marnier-lapostollei
成り立ちません(笑)。話は逸れますが、ハナカマキリの仲間はかなりサイケデリックでカッコいいです。自分が一番好きなのは Ghost Mantisです。Dyckiaの上を歩かせたい。。。 是非ググってみて。
ディッキアの園芸品種登録は国際ブロメリア協会(BSI)
省略と符号
ついでなので符号についても、よく見かけるものをざっくり挙げておきます。
sp. = species 未記載種・不明種
学名が付いていない未記載種。または記載している最中など、まだ学名がない場合は種名の代わりにsp. と書きます。sp.の後に( )を付けその個体に見られる特徴、原産地、発見者名などのデータ 等を付記し他の未記載種と区別することもあります。当然ですが、 親が分からなくなってしまった交配種に sp.とは付けません。たまに品種名が分からないものは何でもsp .とつければ良いと思ってる人がいますが、 親の分からない交配種は Dyckia hybrid(交配種)と書くのが正しいです。また、「sp.」は博士クラスの知識をお持ちの方が、過去記載された種の資料などと比べた結果、未記載種と思われる
といったレベルで使われるそうなので、我々が気軽に付けて良い言葉ではないそうです。
Dyckia sp. (Minas Gerais)
ミナスジェライス州で採取された未記載種という意味になります。こちらは片側性(一方向に葉を展開する)の面白い個体で、現在Under describeとのことでした。
ssp. = subspeies 亜種
種小名 + ssp. + 亜種名
という表記になる事がほとんどのようです。
亜種は自生地でコロニーをなして集団で生息している場合、「既存種と 異なる新種として登録するには差がなく、変種よりは違いが目立つ」といった 場合に使う事が多いようです。亜種の中で基準に指定されているものを基亜種といい、 そちらは種小名を繰り返すそうです。
var. = variant /variety 変種
変種とは、亜種と呼ぶには違いが小さいが、区別できる程度の違 いがある場合を変種としているようです。また、 分布範囲での差を重視しているようで、 特定の狭い場所に生息する場合に使う事が多いようです。どれくらいの差だよ!と突っ込みたくなりますが、Dyckiaで var.が付く 下の有名種で考えると基本種との差が感覚的に分かるかもしれません。
Dyckia marnier-lapostollei var.
estevesii
変種エステべシーと呼ばれる マルラポの一種で、基本種と少し異なる ものという意味になります。基本種より鋸歯が長く、トリコームが粉っぽく荒い。見た目の差は結構あるように感じますが、、、現在は基本種に統合されたとの情報あり。
cf. = confer 参照比較
種まではっきりと同定できなかったが、おそらくこの種だろう。というときに使用するようです。直訳だとcf.の後に続く種を参照にしなさいという意味。これを使えるのは研究者レベルですね。
Dyckia cf. choristaminea EL4146 SEL07-0348
先日訪れたタイのSueb氏のガーデンにあったコリスタミネアと思われる関連種
aff. =affinity 類似種
cf.
Dyckia aff. hebdingii
上記の名前で入手したD.hebdingiiの類似種。
自分にはヘブディンギーにしか見えませ ん。。
cv. = 園芸品種
下記の例のように「特定の親から選抜された」などcv .のあとに情報を加えることが多いです。園芸品種名を ' ' で囲ってあれば付ける必要はないかと。
ブリットルスターの3代目から選抜された園芸品種 'Bone' という意味
type=タイプ標本
typeとは生物の新種を原記載するにあたって、 その生物が新種であると定義する為の論文や判別文に添付する種を同定する基準となる標本の事を指 します。ここで注意していただきたいのはタイプは永久保存される植物標本(ハーバリウム)=下の写真のように乾燥処置された押し葉(花)を台紙は貼って保存したものになります。
では巨木はどうするんだと思いますが、極端な話条件を満たせば葉一枚でもタイプ標本となり得るみたいです。E.Leme氏が(たしか D.estevesiiについての文献で)「現在type標本でしか確認できないディッキアの原種の中には、互生していた種があった可能性も否めない」と言っていました。これはtypeが葉の形状を確認するための一枚しかなく、形態情報が細かく記述されていないまま原記載されているものもあるということでしょう。
余談_ディッキアでは D. goehringii type cloneという札で出回っているものがありますが、よくその表記をしているタイの育種家 Qさんに意図を確認したところ、Type form(これも正式な用語なのか..不明)と同義で使っているとの事です。つまり D.goehringii type clone という札を付けているものは、「産地などによる多少の形態の違いがあるgoehringiiの中の一つで、typeとして基準になっているフォルムに準ずる個体」という意味で使っているそうです。ですので、その札がついたgoehringiiの中にはアメリカの大手ナーセリーTFからきたものもあれば同じくアメリカのMBからきたものあると言っていました。
これを読んでご自宅にあるラベルを確認してみてください。かなり適当に書かれた物が多くありませんか? 皆が少し気を使って書くだけで徐々に正常化されるのでは? と思います。ブロメリア協会の先輩より有り難いご指摘いただいたので、こちらの記事は更に深く調べて徐々に訂正して編集しています。
ちなみに参考にした書籍は昔買って流し読みしたL.H.ベイリー著「植物の名前のつけかた」。もう一回ちゃんと隅々まで読み直そう。。。(汗) 間違った解釈しているとこあったし。
長文最後までお読み頂きありがとうございます〜。